はじめに
私は作業療法士として、病院やリハビリの現場で、人生の大きな変化を迎える人たちの「心の準備」に関わることがあります。
出産を控えた方からも
・楽しみだけど、正直こわい
・ちゃんとママになれるか不安
・みんなはもっとしっかりしている気がする
こんな声をよく聞きます。
私自身も、親として子どもと向き合うようになってから出産や子育ては、体力だけでなく「心の体力」もかなり使うイベントだと実感しました。
最近の研究でも、妊娠から産後の時期は、心の不調が出やすい「こころのゆらぎ期」だと分かってきています。
だからこそ、特別なメンタルの弱さがあるから不安になるのではなく大きな出来事の前だからこそ、不安になるのは当たり前と知っておくことが、とても大事です。
この記事では、最新の研究と、作業療法士としての目線をまぜながら
・出産前に知っておきたい心のポイント
・今日からできる小さな準備
を、できるだけやさしい言葉でまとめていきます。
出産前の不安は「異常」ではなく、とても自然な反応
世界中の研究をまとめた報告では、妊娠中や産後に、不安や落ち込みを経験する人は少なくないことが分かっています。
最近の研究では
・自分のメンタルに自信がない
・これまでにストレスの多い経験があった
・サポートが少ない
といった条件が重なるほど、妊娠中の不安やうつが出やすくなることも報告されています。
ここで大事なのは不安があるからダメなママになる、ということではまったくないという点です。
むしろ
・不安を自覚している
・助けが必要だと気づけている
この2つは、支援につながる大切なサインです。
作業療法士としても、「不安なんてないです」と無理をしている人より、「実はちょっと怖いです」と打ち明けてくれる人の方が、支援や工夫を一緒に考えやすいと感じています。
不安をゼロにしようとしない
最近の研究では、妊娠中の女性にセルフ・コンパッション(自分へのやさしさ)を教えたところ
・うつ症状が下がった
・不安が軽くなった
という結果が出ています。
また、マインドフルネスと自分への思いやりを高めるプログラムによって
・初めての出産の怖さが減った
という報告もあります。
ここから言えることは大事なのは「不安を消すこと」ではなく「不安を抱えた自分にやさしくすること」ということです。
例えば、陣痛や出産の動画を見てこわくなったとき
・なんでこんなにビビっているんだろう
ではなく
・こわいと思うくらい、ちゃんと向き合ってるんだな
・今の私にとっては、こわいのが普通なんだな
と、自分の気持ちを認めてあげること。
作業療法士の仕事でも、痛みやリハビリへの怖さを「無理に消そう」とすると、かえって体が硬くなることがあります。
逆に「こわいのは普通。その中でできることを一緒に探そう」というスタンスで進めた方が、力が抜けて動きやすくなる人が多いです。
出産も同じで不安があっても大丈夫なように準備するという考え方が、とても現実的で、科学的にもおすすめできます。
コントロールできることと、できないことを分ける
出産は、思い通りにならないことが本当に多いイベントです。
・陣痛がいつ来るか
・どのくらい時間がかかるか
・どのくらい痛いと感じるか
これらは、医師や助産師でさえ、正確には予測できません。
一方で研究では、妊娠中の心の状態や、ストレスとの付き合い方が、体の状態や妊娠経過にも影響することが分かってきています。
ここで大事なのは全部コントロールしようと頑張るより「自分ができる範囲」に力を使うことです。
例えば、ノートを1枚用意して
・自分がコントロールできることリスト
・自分ではコントロールできないことリスト
を分けて書いてみます。
コントロールできることの例
・病院や産院に聞きたいことを書いておく
・呼吸法やいきみの練習をする
・立ち会いの人やサポートしてくれる人と連絡手段を決めておく
・夕方以降は不安になるので、寝る前はスマホで検索しすぎない
コントロールできないことの例
・陣痛が来るタイミング
・赤ちゃんの生まれ方(自然分娩か、帝王切開になるかなど)
・その日のスタッフの顔ぶれ
できないことは「おまかせリスト」に入れて、医療者とチームでやっていく。
できることにだけ、自分のエネルギーを使う。
この切り替えができる人ほど、妊娠から産後にかけてのメンタルが安定しやすい、という報告もあります。
作業療法士としても、「全部自分で管理しよう」とする人ほど消耗しがちで、「ここから先はプロに任せる」と決めた人ほど、回復がスムーズな印象があります。
ひとりで頑張らない仕組みを、先に作っておく
たくさんの研究から妊娠中や産後のメンタルを守るいちばん大きな力は「社会的サポート」だと分かっています。
しかも、サポートは「気合」で生まれるものではなく、事前の準備でつくるものです。
出産前に、次のような「頼れる人マップ」を作っておくのがおすすめです。
・不安で眠れない夜に、メッセージを送れる友だち
・家事や上の子の世話を、少しお願いできそうな家族
・地域の保健師さん、助産師さん、産後ケアの窓口
・お金の相談ができる窓口(自治体・相談員など)
・メンタルがつらくなったときに相談できる医療機関
研究では、こうしたサポートが多いほど、うつや不安のリスクが下がることが示されています。
作業療法士としても、「もっと早く相談してよかった」と言う方は多く、「迷惑をかけたらいけない」とギリギリまで我慢した方ほど、回復に時間がかかる印象があります。
頼ることは、弱さではなく「家族を守るためのスキル」。
出産前から「どこまで自分でやるのか」「どこから人やサービスの力を借りるのか」をざっくり決めておくだけでも、心の負担はかなり変わります。
自分にかける言葉を、あらかじめ用意しておく
最近の研究では、妊娠中の女性に「自分への思いやり」を高めるプログラムを行うと
・不安やうつが減る
・気持ちの回復力が高まる
といった効果が確認されています。
また、マインドフルネスとセルフ・コンパッションを組み合わせたトレーニングで、出産への恐怖が下がったという報告もあります。
ここから分かるのは自分にどんな言葉をかけるかが、心の状態に大きく影響するということです。
おすすめは、出産前に「自分へのセリフ」をいくつか決めておくことです。
例えば
・よくここまで来た。今日もよく頑張ってる
・こわいと思うくらい、ちゃんと赤ちゃんのことを考えている証拠
・全部完璧じゃなくていい。7割できたらすごい
・しんどいときは、休むのも立派な育児準備
こうした言葉を、スマホのメモや手帳に書いておき、不安が強くなったときに読み返す。
作業療法士としても、リハビリの場面で「できていないところ」ではなく「できたところ」に目を向けた人ほど、変化が出やすいと感じています。
出産準備でも同じで今日できた小さなことを、自分でしっかり認めてあげることが、心の土台をじわじわと強くしてくれます。
出産後の自分にも「今からで大丈夫」と伝えておく
いくつかの研究で、妊娠中から「自分の心のケア」を意識していた人は、産後のメンタルも安定しやすいことが示されています。
でも現実には、
・いざ産まれてみたら予想以上に大変
・涙が出るけど理由が分からない
・赤ちゃんはかわいいのに、イライラしてしまう
こんな気持ちになることもあります。
そのときに大切なのは「今さらこんな気持ちになるなんてダメだ」と責めないことです。
今は、産後のメンタルを支えるための
・オンライン相談
・母子保健の専門外来
・セルフ・コンパッションやマインドフルネスを使ったプログラム
など、エビデンスに基づいた支援も増えてきています。
出産前の自分から、出産後の自分に「つらくなったら、早めに助けを求めていい」「しんどくなったら、それはサイン。弱さではない」とメッセージを送っておくこと。
これも、立派な心の準備です。
さいごに
作業療法士として、人の「生活の変わり目」に立ち会うことが多い中で、私は何度も
心の準備があるのとないのとでは、同じ出来事でも負担感がまったく違うと感じてきました。
出産もまさに、その代表だと思います。
・不安をゼロにしようとしない
・できることと、できないことを分ける
・ひとりで頑張らない仕組みを作る
・自分にやさしい言葉をストックしておく
これらはどれも、特別な性格の人だけができることではありません。
今日から少しずつ、誰でも練習できる「心のスキル」です。
出産はゴールではなく、親としての長い旅のスタートです。
そのスタートラインに立つあなたが、「こわいけど、きっとなんとかなる」「助けを借りながら、少しずつ進んでいけばいい」と、自分に言ってあげられますように。
そのためのヒントになっていたら、作業療法士として、とてもうれしいです。
参考文献
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