はじめに
作業療法士として働いていると「頭では分かっているのに、不安が止まらない」という相談を本当によく聞きます。
私自身も、寝る前に不安がぐるぐるして
・過去の失敗を何度も思い出す
・まだ起きていない心配を先回りして考えてしまう
という夜がありました。
そのたびに「考え方を変えなきゃ」と頭の中で対処しようとしていましたが実際にはあまり落ち着きませんでした。
そこで医学や心理学の文献を調べてみると不安を落ち着かせたいときは、まず体を落ち着かせることが、とても大事だと分かってきました。
特に、呼吸を整えることは、不安を和らげるためのシンプルで効果的な方法として海外の医療雑誌や日本の研究でも繰り返し報告されています。
この記事では
・なぜ呼吸で不安が和らぐのか
・家でも職場でもすぐできる呼吸法
・作業療法士としての、生活場面での使い方のコツ
を、できるだけやさしい言葉でお話しします。
不安は「こころの問題」だけではなく体の反応
不安を感じているとき、体の中では
・心臓がドキドキする
・呼吸が浅く速くなる
・手足が冷たくなる
といった変化が起きています。
これは、自律神経のうちの交感神経が強く働いて体が危険に備えるモードに入っている状態です。
最近の研究では、ゆっくりした呼吸をすると、副交感神経が働きやすくなり心拍や血圧が少しずつ落ち着くことが分かっています。
つまり心を直接「落ち着け」と言い聞かせるより呼吸を整えるほうが、脳や体には伝わりやすいということです。
私も、不安で眠れない夜に呼吸法を試したところ考えごとがゼロにはならなくても「まあ何とかなるか」と思えるところまでは下がるという経験を何度もしてきました。
不安を和らげる呼吸法を3つ紹介
ここからは、医学的なエビデンスがありなおかつ家で簡単にできる呼吸法を3つ紹介します。どれも特別な道具はいりません。いすに座っても、布団の中でもできます。
①4 7 8 呼吸法
4 7 8 呼吸法は、海外の医師が広めた方法で脳の興奮をゆっくり落ち着かせることを目的にしています。
やり方はとてもシンプルです。
・鼻から4秒かけてゆっくり息を吸う
・息を止めて7秒静かにキープする
・口から8秒かけて細く長く吐く
これを、1セットとして3〜4回くり返します。
ポイントは
・吸うよりも、吐く時間を長くする
・おなかがふくらむように、深く吸う
の2つです。
海外の医療機関の報告ではこの呼吸法を1日2回、数週間続けた人は不安の点数が下がり、入眠までの時間も短くなったというデータが出ています。
作業療法士としては
・寝る前
・人前で話す前
など「これから緊張しそう」と分かっている場面で事前に実践するのがおすすめです。
②ため息に近い呼吸法
次は、スタンフォード大学の研究で注目されたため息に近い呼吸法です。
普通のため息は、疲れたときに自然に出ますがこれを少し工夫すると自律神経のバランスを一気に整える呼吸になります。
やり方は
・鼻から軽く息を吸う
・続けて、もう一度だけ少し吸い足す
・そのあと、口からゆっくり長く吐く
という流れです。
2回に分けて吸うことで肺に空気がしっかり入りそのあと長く吐くことで体の中のガスのバランスが整うと考えられています。
研究ではこの呼吸を1〜2分くり返すと
・胸の締めつけ感が減る
・呼吸数が自然にゆっくりになる
といった変化が見られました。
私も、仕事中に急に不安が強くなったときトイレでこの呼吸を数回やるだけで「とりあえず目の前のことからやろう」と気持ちを切り替えやすくなりました。
③ボックス呼吸
3つ目は、ボックス呼吸と呼ばれる方法です。
ストレスの高い現場で働く人たちにも使われている集中力を取り戻すための呼吸法です。
やり方は
・4秒かけて息を吸う
・4秒息を止める
・4秒かけて息を吐く
・4秒止める
これを、正方形のイメージで続けていきます。
一定のリズムで呼吸を続けることで
・心拍数が安定しやすくなる
・頭の中のぐるぐる思考が少し減る
という効果が報告されています。
日本の研究でも、ゆっくり一定のリズムで呼吸を行った人は自律神経の変動が少なくなり不安やいらだちのスコアが下がったとされています。
作業療法の場面では
・仕事の合間の小休憩
・子どもが寝たあと、ほっと一息つきたいとき
に、このボックス呼吸を数分だけ取り入れるとその後の作業に集中しやすくなる印象があります。
日常生活での使い方 作業療法士としての視点
ここまで3つの呼吸法を紹介しましたが大事なのは「どれが一番すごいか」を決めることではありません。
自分にとって続けやすいものを、1つでもよいので日常の中に溶け込ませることが一番のポイントです。
私がよくおすすめしている使い方は
・寝る前に4 7 8 呼吸を3セット
・朝起きてすぐ、ため息呼吸を1分
・昼休みにボックス呼吸を2分
といった形で、1日の中に小さく分けて取り入れる方法です。
呼吸法は、薬のように「1回やったらすぐ完全に不安が消える」ものではありません。
それでも、続けていると
・不安になっても前より長引かない
・ゆっくり息を吐く感覚が、体に染みついてくる
といった変化が少しずつ出てきます。
作業療法士として関わる方たちを見ていても呼吸で体のブレーキをかける感覚が身についた人ほど不安との付き合い方が上手になっていくように感じます。
さいごに
不安が強いとき私たちはつい、考えすぎてしまった自分を責めがちです。
でも、不安は「弱さの証拠」ではなく体と心が一生懸命、危険から守ろうとしているサインです。
そのサインに気づいたら考えを止めようと頑張る前に
・4 7 8 呼吸で、ゆっくり吐いてみる
・ため息呼吸で、胸のつかえを外に出してみる
・ボックス呼吸で、ぐるぐる思考に一休みをあげる
こんな小さなステップから始めてみてください。
あなたが呼吸を整えるたびに体の中では少しずつ、落ち着きの回路が太くなっています。
「不安になっても、呼吸で戻ってこられる」そんな感覚が育ってくると不安そのものへの怖さも、少しずつ小さくなっていきます。
完璧に不安をなくす必要はありません。
不安と付き合うための道具を、ひとつ手に入れることそれだけでも、明日の心の負担は確実に変わります。
参考文献
・Harvard Health Publishing. Breathing exercises for anxiety, 2019
・Stanford Medicine. Huberman Lab reports on physiological sigh and stress regulation, 2021
・国立精神・神経医療研究センター 自律神経活動と呼吸法に関する研究, 2020
・日本呼吸ケア・リハビリ学会 呼吸法がもたらす心理的安定効果のレビュー, 2021


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