はじめに
作業療法士として、産前産後のママたちと関わっていると
- 「陣痛が怖くて、出産の日が楽しみ半分・不安半分です」
- 「痛みに弱いから、ちゃんと産めるか心配です」
こんな声を本当によく聞きます。
私自身、医学・心理学の研究を読みながら、助産師さんやママたちの話をたくさん聴いていくうちに出産のときに必要なのは「痛みをゼロにすること」ではなく「この波を一緒に越えられると思える感覚」なのだと感じるようになりました。
この記事では
- 陣痛を「ただの痛み」として見るのではなく、体のリズムとして捉える視点
- 研究でも効果が示されている、呼吸と心の整え方
- 作業療法士として、実際の現場で役立った声かけやイメージ
を、できるだけやさしい言葉でお話しします。
陣痛は「怖い痛み」だけじゃなく、体のリズム
まず一番伝えたいのは、陣痛はあなたの体が赤ちゃんを外へ送り出すための「リズム」だということです。
イギリスの国民保健サービス(NHS)のガイドラインでは、陣痛の痛みを「波」や「うねり」としてイメージし、それに合わせて呼吸やリラックスを行う人ほど出産体験の満足度が高いと報告されています。
また、産科麻酔・周産期医療の研究では
- 陣痛を「コントロールできない怖い痛み」と捉える人より
- 「赤ちゃんが降りてくるための必要なプロセス」と捉える人のほうが
痛みのつらさの評価が下がりやすいことも分かっています。
簡単に言うと怖い敵だと思っているときの痛みと「赤ちゃんが近づいている合図」と思えているときの痛みは脳の感じ方が変わるということです。
作業療法士としてママさんから、出産時に 「また痛みが来た…いやだ…」と言っていたママが「この波がくるたびに、赤ちゃん下りてきてるんですよ」と 助産師さんに声をかけられてから
- 「あ、また一歩近づいたんだ」
と少し表情が変わり、同じ強さの陣痛でも、受け止め方がやわらいだと教えてくれました。
痛みを好きになる必要はありません。
ただ『意味のある痛み』なんだと知っておくこと。
それだけでも、心の構えが少し変わります。
陣痛の波に合わせて「吐く」ことに集中する
出産の現場では、たくさんの呼吸法が紹介されていますが、研究で共通して大事と言われているのは吸うことより「ゆっくり吐くこと」です。
看護・助産分野のレビューでは、ゆっくりとした呼吸やリラクゼーションを取り入れた妊婦さんは
- 痛みのつらさが軽くなる
- 不安が下がる
- 出産体験への満足度が高くなる
といった効果が報告されています。
やり方はとてもシンプルです。
①陣痛の波が来たとき鼻から静かに息を吸う
②来た来た…と思ったらふぅーーっと長く息を吐くことに集中する
③波が弱まっている間は少し深めの自然な呼吸に戻る
ポイントは
- 吸う時間より、吐く時間を長くする
- 肩ではなく、おなかや胸のふくらみを意識する
この2つです。
ゆっくり吐くと、副交感神経が働きやすくなり心拍が少しずつ落ち着きます。(SpringerLink)
現場で見ていると
- 痛みを我慢しようと、息を止めてしまう人ほど顔や肩に力が入りやすい
- 吐くことに集中している人は、表情はつらそうでも、全身のこわばりが少ない
という違いがあります。
「うまく呼吸しなきゃ」ではなく「とりあえず吐けたら合格」くらいの気持ちで大丈夫です。
赤ちゃんと一緒に「呼吸を合わせていく」イメージ
最近の母子相互作用の研究では、ママと赤ちゃんの呼吸や心拍が同じリズムに近づいていく「同期」の現象が報告されています。(ResearchGate)
簡単に言うとママの呼吸が落ち着くと、赤ちゃん側の生体リズムも安定しやすいということです。
日本の助産師を対象とした調査でも、出産後の満足度が高いお母さんほど
- 助産師さんの声かけや呼吸のリードに合わせていた
- 赤ちゃんと一緒に頑張っているイメージを持っていた
という特徴が報告されています。(SAGE Journals)
だからこそ、陣痛中は「痛みに耐える私」ではなく「赤ちゃんと一緒に波に乗っている私」というイメージを持ってみてください。
例えば、波が来たときに
- 「今の1回で、赤ちゃんが少し下に動いたかも」
- 「この呼吸、赤ちゃんにも酸素が届いてる」
と心の中でつぶやいてみるのもおすすめです。
作業療法士としてかかわったママの中には「途中から、痛いけど一人じゃない感じがした」と話してくれた方もいました。
呼吸を通して、見えないところで赤ちゃんとチームになっている。
そう思えるだけでも、心の支えになります。
不安や「怖い」をガマンせず、声に出すこと
日本の産後メンタルに関する研究では出産時に
- 不安を話せなかった
- 我慢しなきゃと思って何も言えなかった
と感じた人ほど、産後うつのリスクが高いというデータがあります。(ResearchGate)
一方、心理学の研究では自分の気持ちを言葉にする行為(「怖い」「つらい」とラベリングすること)が
- 脳の扁桃体(不安・恐怖に関わる部位)の活動を下げ
- 前頭葉(気持ちを整理する部分)を働かせる
ことが示されています。
つまり「怖い」と口に出すことは、弱音ではなく脳の負担を減らす行為なんです。
陣痛室では、ぜひ
- 「今ちょっと怖いです」
- 「波が強くなってきて不安です」
と、助産師さんやパートナーに伝えてください。
「怖い」って言っていいんです。
気持ちを飲み込むより、外に出すこと。
それが、次の1回の呼吸をしやすくしてくれます。
日常からできる「お産に向けた心と体の準備」
陣痛のときだけ急に頑張るのではなく妊娠中から少しずつ
- 呼吸
- イメージトレーニング
- 頼れる人の確認
をしておくと、安心感がぐっと変わります。
おすすめの準備を、3つだけ挙げます。
①寝る前に、ゆっくり吐く呼吸の練習をしておく
1日数分でいいので
・4秒吸って、8秒吐く
・ため息のように、2回に分けて吸ってから長く吐く
など、自分がやりやすい呼吸を見つけておきます。
当日いきなりやるより、体になじませておくと安心です。
②「怖くなったらこうしてほしい」を紙に書いておく
例えば
・手を握ってほしい
・呼吸を一緒に数えてほしい
・静かに見守っていてほしい
など、自分が望むサポートを書き出し、パートナーや助産師さんに事前に伝えておくと、いざというときに「どうしてほしいか」が伝えやすくなります。
③不安を書き出して「持ち込んでいいもの」にする
ノートやスマホに
・痛みのこと
・赤ちゃんのこと
・自分の体力への心配
など、心配ごとをメモしておきます。
それを健診や母親学級で、専門職に見せながら相談するだけでも不安は半分くらいになることが多いです。
作業療法士としては「怖さをゼロにする」のではなく「怖くても動ける自分」を育てていくことが、出産だけでなく育児にもつながる力だと思っています。
さいごに
陣痛と聞くと、多くの人が「怖い」「痛い」「耐えられるか不安」というイメージを思い浮かべます。
でも、研究や現場での経験を重ねて感じるのは
- 陣痛は、あなたの体と赤ちゃんが一緒に働いているサインであること
- 呼吸とイメージの持ち方で、痛みの感じ方は変わること
- 「怖い」と言葉にすることは、弱さではなく回復の一歩であること
です。
あなたの体は、これまでずっとあなた自身を生かすために働いてきました。
お産のときも、その力は変わりません。
陣痛は終わりのない苦しみではなく赤ちゃんに近づいていることを知らせる「波」。
その波を
- 吐く呼吸に乗せて
- 赤ちゃんと一緒に
- 周りの人の支えも借りながら
少しずつ越えていければ、それで十分です。
完璧なお産である必要はありません。
怖さを抱えたままでも、1回ずつ息を吐いて前に進んでいるあなたはもう立派に、お母さんとして動き始めています。
参考文献
- NHS. Labour and birth: coping with pain. 2022.
- Vivancos-Marín N. et al. Complementary techniques of relaxation and non-pharmacological measures for pain relief in childbirth. 2024.
- Cabral BTV. et al. Non-pharmacological measures for pain relief in childbirth: integrative review. 2023.
- Lieberman MD. et al. Putting feelings into words: affect labeling disrupts amygdala activity. Psychological Science. 2007.
- 東京女子医科大学 周産期メンタルヘルスに関する研究・産後うつと出産体験の関連. 2022.(ResearchGate)
- 日本助産師会 お産の満足度と助産ケアに関する調査. 2023.(SAGE Journals)


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