はじめに
作業療法士としてお母さんたちとお話をしていると、ほぼ毎回と言っていいくらい相談されるテーマがあります。
- 「母乳が出なくて…このままで大丈夫ですか?」
- 「ミルクが多いと、愛情が足りない親みたいで不安です」
- 「できれば母乳で育てたいけど、体がしんどくてつらいです」
私自身も、勉強を始める前は「母乳がいちばん」「ミルクは代わり」くらいのイメージでしか見られていない時期がありました。
でも、医学や心理学、発達の研究を読み込んでいくと、考え方が大きく変わりました。
母乳もミルクも、どちらも「赤ちゃんを生かすために用意された大事な選択肢」であって、どちらか一方が「正解」でも「不正解」でもないということです。
この記事では、
- 母乳の良さと、科学的に分かっているポイント
- ミルクの良さと、最近の研究でわかってきたこと
- その上で、親として何を一番大事にしてほしいか
を、小学生でも読めるくらいのやさしい言葉でまとめていきます。
母乳は「その子専用」に変化するオーダーメイド栄養
まず、母乳のいちばんの特徴は「世界に1つだけ、あなたの赤ちゃん用に調整されている」という点です。
母乳は、
- 赤ちゃんの月齢
- そのときの体調
- お母さんの体調や時間帯
によって、中身が少しずつ変化することが分かっています。
特に大切と言われているのは、次のような成分です。
- 免疫グロブリンA(IgA)
→ 赤ちゃんの腸や口の中の粘膜を守ってくれるたんぱく質 - ラクトフェリン
→ 細菌やウイルスが増えにくい環境をつくる成分 - ヒトミルクオリゴ糖(母乳オリゴ糖)
→ 赤ちゃんの腸内の「良い菌」のエサになり、
便秘やアレルギーの予防に役立つと言われています。
研究では、母乳にふくまれるオリゴ糖は200種類以上あると報告されています。
これは、人工的に完全にマネするのは、まだ難しいレベルの細かさです。
なので、
母乳には「免疫」や「腸」をサポートする力が強いというのは、科学的にも確かなポイントです。
ただし、ここで大事なのは
母乳が出ない=ダメ
母乳じゃない=愛情が足りない
では、全くないということです。
母乳には母乳の強みがある。
それを「事実」として知っておく、というイメージで読んでいただけたらと思います。
ミルクは「安定した栄養」と「親の休息」を支える選択肢
次に、ミルクについてです。
昔は「母乳の代わり」というイメージが強かったミルクですが、最近の研究や製品開発で、かなり母乳に近づいてきていると言われています。
たとえば、今の粉ミルクには
- DHA・ARA
→ 脳や神経の発達を助ける脂肪酸 - ヒトミルクオリゴ糖に近い成分(HMO)
→ 腸内環境を整える働きを目指して作られた成分
などが入っていて、成長・免疫・脳の発達をバランス良く支える設計がされています。
厚生労働省のガイドでも、母乳が難しい場合、現在の粉ミルクは安全で、栄養面でも十分な代替となるとはっきり書かれています。
そして、ミルクの大きなメリットは、
- 誰でも授乳できること
です。
- パートナー
- 祖父母
- 家族
が交代で授乳できることで、
- お母さんが少しゆっくり眠れる
- 夜間の負担を家族で分けられる
- 「育児はみんなでやるもの」という感覚が生まれる
など、心理的な面でのメリットがとても大きいと、育児心理の研究でも言われています。
作業療法士として関わる中でも、
- ミルクをうまく取り入れて睡眠を確保できたお母さん
のほうが、
赤ちゃんの小さな変化に気づきやすく、気持ちも安定しているという場面をよく見ます。

私の娘も妻が精神疾患を抱えており、精神を安定させる薬を服用していたということもあったので完全ミルクでした。
母乳かミルクかよりも大事なこと
世界保健機関(WHO)は、
- 母乳育児を推奨しつつも
- 親の選択や状況を尊重することが大切
だと繰り返し伝えています。
東京大学などの研究でも、
- 母乳かミルクかより
- 授乳中にどれだけ「落ち着いた関わり」ができているか
が、赤ちゃんの情緒の安定と強く関係している、という結果が出ています。
つまり、赤ちゃんにとって一番大事なのは「何でお腹を満たすか」よりも「どんな雰囲気で、その時間を過ごしているか」です。
たとえば、こんなイメージです。
- 抱っこをして、赤ちゃんの目を見ながら
- 「おいしいね」「よく飲めてるね」と声をかけて
- 背中やほっぺを、ゆっくりなでてあげる
母乳でも、ミルクでも、ここは同じ。
この「見つめる・触れる・声をかける」の3つがあると、赤ちゃんの脳では、安心を育てる回路が少しずつ強くなっていきます。
迷ったときの考え方のヒント
母乳かミルクかで悩んでいるとき、作業療法士として、私はよくこんな順番で一緒に整理します。
①お母さんの体と心はどうか
- 睡眠は取れているか
- 痛みや疲れが強すぎないか
- 気持ちが限界に近くなっていないか
お母さんの体と心がすり減りすぎていると、どの方法でもつらくなります。
母乳にこだわるあまり、お母さんがボロボロになってしまうより、少しミルクを足して、お母さんが笑顔でいられる状態のほうが、赤ちゃんにとっても良いことが多いです。
②家族のサポート状況
- 夜、交代で見てくれる人がいるか
- 平日に手伝ってくれる人がいるか
- 祖父母や支援サービスを頼れるか
サポートが少ない場合は、ミルクを上手に使って負担を分散させることも、立派な育児の工夫です。
③自分が「続けられそう」と思えるか
最終的には、
- このやり方なら、続けられそう
- これなら、自分も赤ちゃんも無理しすぎずに済む
と感じるかどうかが、とても大事です。
育児はマラソンであって、短距離走ではありません。
「今の自分たちにとって、いちばん続けやすい方法はどれか」という視点で考えてみてください。
さいごに
ここまでの内容を、あらためてまとめます。
- 母乳は、その子専用に変化するオーダーメイド栄養であり、免疫や腸を守る力が強い
- ミルクは、今の科学でできる限り母乳に近づけた「安定した栄養」であり、家族みんなで育児を分担しやすくする
- 赤ちゃんにとって一番大事なのは、「何で育てるか」よりも「どんな気持ちで関わってもらっているか」
そして何より伝えたいのは、母乳だから良い親、ミルクだからダメな親、ということは一切ないということです。
授乳の時間に、
- 赤ちゃんを見つめて
- やさしく触れて
- 「ここにいるよ」「大好きだよ」と伝える
その積み重ねが、いちばんの栄養であり、いちばんの愛情です。
今のあなたの体調、気持ち、家族の状況に合わせて「自分と赤ちゃんが笑顔でいられる選択」をしていいと、どうか覚えておいてください。
参考文献
- 国立成育医療研究センター(2022)母乳成分の経時的変化に関する研究
- World Health Organization (2020). Infant and Young Child Feeding Guidelines
- Nature (2019). Human Milk Oligosaccharides and Infant Microbiota
- 厚生労働省 授乳・離乳の支援ガイド改訂版(2021)
- 日本小児科学会(2022)乳児栄養と人工乳の最新知見
- 東京大学 医学部(2020)授乳時の親子相互作用と乳児情動発達の関係


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