はじめに
作業療法士として働いていると、妊婦さんや産後のママから
- 出産が楽しみなはずなのに、なぜか怖い
- 痛みや失敗が不安で、夜になるとドキドキして眠れない
こんな相談を、とてもたくさん聞きます。
正直に言うと、私自身もはじめて出産の勉強をしたとき
- あんなに痛いって聞くけど、本当に大丈夫なんだろうか
- もし自分だったら、うまくできるかな
と、体験していないのにドキッとしてしまったことがあります。
そのたびに医学や心理学の論文を読み進めていくと、はっきり分かってきたことがあります。
「出産が怖い」と感じるのは、とてもふつうで、そして体が自分と赤ちゃんを守ろうとしているサインだということです。
この記事では
- なぜ出産が怖く感じるのか
- 「怖い」をなくすのではなく、うまく付き合う考え方
- 陣痛が来る前からできる、心の準備のステップ
を、できるだけやさしい言葉でお話しします。
途中には、作業療法士としての現場での気づきや、私自身の思いもそっとまぜています。
出産が怖いと感じるのは「おかしいこと」ではない
まず、一番伝えたいことはここです。
出産が怖いと感じるのは、「弱いから」でも「母親失格だから」でもありません。
日本や海外の調査でも、妊娠中の多くの人が
- 痛みへの不安
- 赤ちゃんに何かあったらどうしようという心配
- 自分の体がどう変化するのか分からない怖さ
を強く感じていることが報告されています。
心理学では、これを「適応的な恐怖反応」つまり、危険や大きな変化に備えるための、自然な体の反応として説明します。
怖いと感じるからこそ
- 病院や助産師さんの情報を集める
- 両親学級や母親学級に参加してみる
- 陣痛にそなえて呼吸法を練習してみる
などの「準備行動」が生まれます。
怖さそのものが、すでにあなたと赤ちゃんを守る動きにつながっているとも言えるのです。
作業療法士として妊娠中の方と関わっていると、「まったく怖くないです」と話す人は、むしろ少数です。
多くの方が小さな声で「本当はこわいんです」と教えてくれます。
そのたびに私は「それだけ大事に思っているからこそ、怖くなるんですよ」とお伝えしています。
「怖く感じてはいけない」と思うほど、つらくなる
ここでポイントになるのが、怖さとの向き合い方です。
出産が近づくほど
- 怖いなんて思っちゃダメ
- ポジティブでいなきゃ
- みんなやっているんだから、私だけ怖がるのはおかしい
と、自分を追い込んでしまう人も少なくありません。
でも、感情をぎゅっと押し込めようとすると
- 体がカチカチに緊張する
- 呼吸が浅く、速くなる
- 眠りが浅くなる
など、自律神経のバランスが乱れやすくなります。
その結果、痛みや不安を実際よりも強く感じやすくなることが分かっています。
反対に、
- 「こわいなあ」と自分で言葉にしてみる
- 信頼できる人に「こわい」と打ち明ける
といったことは、脳の中で不安を感じる部分の働きを落ち着かせる「感情のラベリング(気持ちに名前をつける)」という方法として、研究でも効果が示されています。
「怖い」と口に出すことは負けでも弱さでもなく、むしろ心を守るための力なんです。
「怖い」を準備のサインに変える3つのステップ
ここからは、出産が怖いと感じたときに、その気持ちを少しでもラクにするための具体的なステップを、3つに分けてお伝えします。
どれも、今日から家でできる、とてもシンプルなものです。
①怖い気持ちに名前をつける
まずは、自分の中の不安を、ざっくりでもいいので言葉にしてみます。
例えば、
- 痛みが怖いのか
- 手術になるかもしれないことが怖いのか
- 赤ちゃんに何かあったらどうしよう、が怖いのか
- 自分が失敗してしまうかもしれないのが怖いのか
ノートに書いてもいいですし、スマホのメモでもかまいません。
「ただ漠然と怖い」から 「こういうことが怖いんだ」に変えるだけで、不安の輪郭がはっきりします。
感情に名前をつけることは、脳の中で気持ちを整理する働きがあるとされ、不安や怒りなどの強い感情を少し落ち着かせる効果が報告されています。
作業療法士としても、
- 「今一番こわいのは、どんなことですか?」
とあえて聞くことで、相手の方の表情がふっとゆるむ場面を何度も見てきました。
気持ちに名前をつけることは、それだけで心のスペースを作る作業なのだと思います。
②怖さを誰かと分け合う
次のステップは、信頼できる人に「怖い」を少しだけ渡してみることです。
- 助産師さん
- 主治医の先生
- パートナー
- 仲の良い友人や先輩ママ
誰でも大丈夫です。
厚生労働省や各国の周産期メンタルヘルスのガイドラインでは、妊娠中の不安や恐怖を話せる場があることが、産後うつの予防につながるとされています。
「こんなこと言ったら変に思われるかも」と感じることほど、実は多くの人が同じように抱えているテーマだったりします。
作業療法士として関わる中でも、
- 「怖いなんて言っちゃいけないと思ってました」
- 「話したら泣いちゃいそうで、ずっと黙っていました」
という言葉を聞くことがあります。
でも、そこから一緒に不安を整理していくと、
- 受けられるサポートが具体的に見えてくる
- 「それなら、これを準備しておこう」と行動につながる
といった変化がよく起こります。
怖さは、ひとりで抱えるほどふくらみ、分け合うほど整理されていきます。
③体を落ち着かせる練習をしておく
心の準備と同じくらい大切なのが、「体の準備」です。
不安でいっぱいになると、
- 呼吸が浅くなる
- 肩や首に力が入る
- 胸がぎゅっと苦しくなる
といった体の反応が出やすくなります。
そこで役に立つのが、ゆっくりした呼吸の練習です。
例えば
- 4秒かけて鼻から息を吸う
- 6〜8秒かけて口からゆっくり吐く
これを何回か続けるだけでも、自律神経が整い、心拍や筋肉の緊張が少しずつ落ち着いていくことが、さまざまな研究で示されています。
ポイントは
- 吸う時より、吐く時を長くすること
- お腹がふくらむように、深く吸うこと
の2つです。
作業療法の現場でも、
- 「不安になったら、とりあえず3回だけこの呼吸をしてみましょう」
とお伝えすることがあります。
完璧にできなくても「呼吸で少し落ち着ける」という感覚があるだけで、陣痛室でも使える、あなたの強い味方になります。
「怖さ」が強すぎると感じたときは
中には
- 出産のことを考えるだけで涙が出てくる
- 不安で眠れない日が続いている
- 出産の情報を一切見られないほど怖い
といった、日常生活に支障が出るほどの恐怖を感じる方もいます。
これは「出産恐怖(トコフォビア)」と呼ばれ、専門的なサポートが必要になることもある状態です。
もし心当たりがあれば
- 病院の助産師外来
- 周産期メンタル相談窓口
- 心療内科・精神科
などに相談してみてください。
必要であれば、心理士さんとのカウンセリングや、薬を使わない範囲での支援方法も検討できます。
「ここまで怖いと感じている自分」に気づいてあげることも、大切なセルフケアのひとつです。
さいごに
あらためて、あなたに伝えたいことがあります。
出産が怖いと感じることは、決しておかしいことではありません。
それは
- 自分の体を大切にしたい
- 赤ちゃんを安全に迎えたい
という、とてもまっとうで、まっすぐな気持ちの裏返しです。
作業療法士として、妊娠中や産後の方と関わる中で感じるのは、「怖い」と言える人ほど、必要な助けを受け取ることができ、結果的に安心してお産に向かっていけるということです。
どうか
- 怖さをなかったことにしようと頑張りすぎず
- その感情に名前をつけ
- 誰かと分け合い
- 体を整える小さな練習を重ねていく
そんなペースで、大丈夫です。
あなたが今感じている怖さは、弱さではなく、命を迎えるために、体と心がフルスピードで動いている証拠です。
深く息を吐いて、胸の中の不安を少しだけ外に出しながら、あなたと赤ちゃんのタイミングで、その日を迎えていきましょう。
参考文献
- 国立成育医療研究センター 周産期メンタルヘルスに関する調査・報告 など
- Lieberman, M. D. et al. Affect labeling and emotion regulation. Nature Human Behaviour, 2019
- 周産期メンタルヘルスケアに関する各種ガイドライン(日本産科婦人科学会 ほか)
- 妊娠期・産後のメンタルヘルスとソーシャルサポートに関するレビュー論文 など


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