はじめに
作業療法士として、産後のお母さんたちと関わっていたとき
・出産は終わったけれど、痛みの記憶がこわくて思い出したくない
・「ちゃんと産めなかった」と、自分を責めてしまう
そんな声を聞くことがありました。
私自身も、医療現場でお産の話を聞くたびに「どうしたら少しでも安心して、あの時間を過ごしてもらえるだろう」と考えてきました。
その中で研究を調べていくと痛みそのものだけでなく、どこに意識を向けているかが出産体験のつらさを大きく左右するということが、たくさんの研究で示されていると分かってきました。
この記事では
・なぜ「痛みだけを見る」とつらさが増えるのか
・どうすれば「命の強さ」に意識を切り替えられるのか
・出産当日にも使える、具体的なイメージと声かけ
を、できるだけやさしい言葉でお話しします。
痛みだけを見つめると、なぜつらくなるのか
出産の痛みは、体だけの問題ではありません。
最近の研究では
・出産前から恐怖や不安が強い人ほど、陣痛の痛みを強く感じやすい
・怖さが強いと「つらいお産だった」と感じやすい
といったことが報告されています。
これは、脳の中の「扁桃体」という部分が関係しています。
扁桃体は、危険や恐怖を察知するセンサーのような場所です。
痛みを怖い怖いと意識し続けると、扁桃体が強く働き筋肉がぎゅっと緊張し、血流も悪くなり、同じ刺激でも痛みを強く感じやすくなると考えられています。
反対に
・呼吸
・赤ちゃんのこと
・支えてくれる人とのつながり
など、別の「安心につながるもの」に意識を向けると痛みそのものは同じでも、感じ方が変わってくることが分かっています。
痛みよりも「命の働き」に目を向けるという考え方
ここで、大切な視点をひとつお伝えしたいです。
出産の痛みは、体が壊れていく痛みではなく赤ちゃんを外の世界に送り出すために全力で働いている「命の力」のあらわれということです。
スウェーデンや他の国の研究でも赤ちゃんや自分の体のがんばりに意識を向けた人は痛みだけに意識を向けた人より、出産体験を前向きに振り返りやすいという結果が出ています。
作業療法士としてお話を聞いていても「痛かったけど、赤ちゃんが下りてきているのを感じた」「体が一緒に仕事をしている感じがあった」と話すママさんは、つらさの中にもどこか満足感や達成感を持っていることが多いです。
痛みだけを見るか命の力を見るか意識の向け先を少し変えるだけでお産の意味づけが大きく変わる
ここが、今日お伝えしたい一番のポイントです。
陣痛の波に乗るための3つのステップ
ここからは、実際に陣痛のときに使える「意識の切り替え方」を3つのステップでお話しします。
①陣痛を「痛み」ではなく「命の波」と呼んでみる
ロサンゼルスの大学の研究では自分の感情や体験に名前をつけるだけで恐怖に関わる脳の活動が落ち着くことが分かっています。
これをお産にも応用して
・「また痛みが来た」ではなく
・「命の波が来た」「赤ちゃんが進むための波が来た」
と、心の中で呼び方を変えてみてください。
言葉を変えるだけで敵だと思っていた陣痛が赤ちゃんと自分を前に進める「味方の波」に変わっていくそんな感覚が少しずつ育っていきます。
②呼吸で「命の力」をイメージする
次の波が来たときは、こんなイメージを使ってみてください。
・息を吸うとき:おなかの中の赤ちゃんを、ふわっと抱きしめるイメージ
・息を吐くとき:骨盤の方に向かって、道をひらいてあげるイメージ
日本の助産師さんたちの研究ではゆっくりした呼吸とイメージ法を組み合わせると
・お母さんの筋肉の緊張がやわらぐ
・子宮への血流が安定し、陣痛の進みがスムーズになる
といった効果が報告されています。
ここで大事なのは上手にやろうとすることではなく「赤ちゃんと一緒に呼吸している」感覚を持つことです。
③「ありがとう」を小さく唱えながら波を越える
痛みの中では、どうしても
・もう無理
・こわい
・なんでこんなに痛いの
といった言葉が頭の中でぐるぐるしがちです。
そこで、吐く息に合わせて心の中で「ありがとう」という言葉をそっと重ねてみてください。
・この体でここまで来られたことに
・おなかの中で育ってくれた赤ちゃんに
・そばにいてくれる人たちに
海外の研究では、感謝の気持ちを思い出すだけでもストレスホルモンが下がり、穏やかな気持ちをつくるホルモンが増えるという報告があります。
陣痛のたびに完璧にできなくてもかまいません。
何回かに1回でも「痛い」「こわい」に混ざって「ありがとう」が出てきたらそれはもう、命の方に意識を向けられているサインと考えてみてください。
日常の中でできる「意識の練習」
本番の出産だけで、急に意識の向け方を変えるのはなかなかむずかしいものです。
作業療法士としては、妊娠中から
・ちょっとした体の不調
・生理痛
・採血などのプチストレス
の場面を使って、次のような練習をおすすめしています。
・痛みや不快感を感じたら「これは体が守ろうとしているサイン」と言葉をつける
・ゆっくり吐く呼吸をしながら体が働いてくれているイメージをもつ
・終わったあとで「よくがんばったね」と自分に声をかける
こうした小さな積み重ねが
本番の出産のときに「私はこの感覚を前にも乗り越えたことがある」という自信につながっていきます。
私が関わったお母さんたちの中にも「妊娠中から呼吸とイメージの練習をしておいたおかげで陣痛のたびに、命の方に意識を戻しやすかった」と話してくださる方がいました。
さいごに
ここまでのお話を、あらためてまとめます。
・出産の痛みは、心の向け方によって感じ方が変わる
・恐怖だけに意識を向けると、筋肉がこわばり、つらさが増えやすい
・陣痛を「命の波」ととらえ、赤ちゃんや体の働きに意識を向けることで同じ痛みでも「意味のある痛み」と感じやすくなる
痛みを消さなきゃ、怖がってはいけないと自分を追い込む必要はありません。
そのかわりに
・波に名前をつける
・呼吸で赤ちゃんを包むイメージをもつ
・ときどき「ありがとう」を唱えてみる
こんな小さな工夫で、あなたの意識は少しずつ「痛み」から「命の強さ」へと向きを変えていきます。
出産は、痛みだけの物語ではありません。
あなたの体と赤ちゃんが、全力で命をつなごうとする物語です。
その物語の中で怖さも、不安も、涙もすべてが「命を迎えるために必要だった感情」としていつかあなたの中で整理されていきますように。
参考文献
・Hetherington E, et al. Fear of childbirth and perinatal outcomes. BMC Pregnancy Childbirth, 2025
・Kordi M, et al. Antenatal education, self efficacy and birth experiences. BMC Pregnancy Childbirth, 2025
・Lieberman MD, et al. Putting feelings into words: affect labeling and amygdala activity. Psychological Science, 2007(UCLA)
・日本助産師会 産前産後のメンタルヘルスと呼吸法に関する報告書, 2023


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