はじめに
理由ははっきりしないのに、急に涙が出てくる。
昔のつらい場面を思い出して、胸がぎゅっと苦しくなる。
焦りや怒りが一気にこみ上げてきて、「自分でもコントロールできない」と感じる。
そんな 感情の波に飲み込まれそうな瞬間 は、誰にでもあります。
作業療法士としてお話をうかがっていても、
- パニックのように動悸がする
- 頭の中がぐるぐるして現実感がなくなる
- 気づいたら過去のつらい場面の中に戻っている感覚になる
こうした経験をしている方はとても多いです。
そこで役に立つのが、グラウンディング という方法です。
グラウンディングは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)や強いストレス反応の治療の中でも使われている、「感情の嵐の中で、今ここに自分を戻す技法」です(American Psychological Association, 2017)。
この記事では、
- なぜ感情の波に飲まれそうになるのか
- そのときに「今ここ」に戻るための3つのステップ
- 日常生活で無理なく続けるコツ
を、できるだけやさしい言葉でお伝えします。
グラウンディングとは?
グラウンディング(grounding)を直訳すると「地に足をつけること」。
心理療法の文脈では、感情や記憶に持っていかれそうなときに、身体感覚や五感を通して「今ここ」に戻る練習のことを指します。
つらい記憶や不安が強くなると、私たちの意識は
- 過去のフラッシュバック
- 「もしこうなったら…」という未来シミュレーション
の世界に行ってしまいがちです。
その結果、体は安全な場所にいるのに脳だけが「危険な場所」にいると勘違いし、
- 心拍数が上がる
- 呼吸が浅くなる
- 現実感が薄れる
といった反応が出てきます。
グラウンディングは、そんなときに「大丈夫、私は今ここにいる」と、身体と脳に 安全信号を送り直す方法 です。
PTSDの治療ガイドラインでも、グラウンディングは強い感情反応を落ち着かせる技法として推奨されています(American Psychological Association, 2017 / 国立精神・神経医療研究センター, 2020)。
STEP1:まずは体に戻る──足の裏から「支え」を感じる
感情の波に飲まれそうなとき、人はどうしても「頭の中」に閉じこもります。
- なぜこんな気持ちになるんだろう
- もうダメかもしれない
- またあのときみたいになったらどうしよう
こうした考えで頭がいっぱいになるほど、体の感覚からは離れていきます。
だからこそ、最初の一歩は「体に戻る」こと です。
簡単なやり方
イスや床に座っているなら、その場でできる方法です。
- 足の裏を床にしっかりつける
- 目を閉じても開けたままでもOKなので、
「足の裏にどんな感覚があるか」を観察します。
- 固い・柔らかい
- あたたかい・ひんやり
- どこに重さがかかっているか
- 固い・柔らかい
- それを、ただ「感じているだけ」で大丈夫です。
スタンフォード大学の研究では、足裏の圧覚に集中するだけで交感神経の活動が低下し、心拍数が安定してくることが報告されています(Stanford Mindfulness Lab, 2018)。
呼吸を整える前に、「地面に支えられている感覚」を思い出す。
これが、心を今ここへ戻す 第一歩のグラウンディング です。
STEP2:五感で「現実」に引き戻す──5-4-3-2-1 グラウンディング
次に、感情の世界から「今いる現実の世界」に意識を戻していきます。
ここで使うのが、トラウマ治療でも使われる5-4-3-2-1 グラウンディング です。
PTSDの支援プログラムでも効果が確認されている方法です(国立精神・神経医療研究センター, 2020 / Kuyken et al., 2016)。
やり方
できれば目を開けて、ゆっくり周りを見渡しながら行います。
- 見えるものを5つ挙げる
- 「カーテン、机、スマホ、ペン、床」 など
- 「カーテン、机、スマホ、ペン、床」 など
- 触れられるものを4つ挙げる
- 「イスの背もたれ、服の布、足と床の接地感、手と膝の触れ合い」
- 「イスの背もたれ、服の布、足と床の接地感、手と膝の触れ合い」
- 聞こえる音を3つ挙げる
- 「エアコンの音、外の車の音、遠くの人の話し声」
- 「エアコンの音、外の車の音、遠くの人の話し声」
- 匂いを2つ挙げる
- 「部屋の匂い、飲み物の匂い」
- 「部屋の匂い、飲み物の匂い」
- 味を1つ挙げる
- 「口の中に残っている味、水の感触」
- 「口の中に残っている味、水の感触」
全部を完璧にやる必要はありません。
「3つまでできたらOK」くらいの気持ちで大丈夫です。
この五感の確認をしている間、脳では 前頭前野(理性・判断を司る部分) が再び働きはじめ、感情の暴走に関わる 扁桃体の活動が落ち着いていく ことが報告されています(Kuyken et al., 2016)。
頭の中の嵐から、「目の前の現実」に意識のピントを戻す。
それが、グラウンディングの 中心になるステップ です。
STEP3:「いま、ここにいる」と言葉で確認する
最後の仕上げは、言葉の力 を使います。
静かに、あるいは心の中で、こうつぶやいてみてください。
- 「私は、いま、ここにいる」
- 「いま、この部屋は安全だ」
- 「感情は揺れているけれど、体はここにいる」
ハーバード大学医学部の研究では、こうした 自己への声かけ(セルフ・トーク) が副交感神経を活性化し、情動を安定させることが示されています(Harvard Health Publishing, 2019)。
もし、「いまここ」系の言葉がしっくりこない場合は、
- 「いまは、5分だけこの瞬間に集中してみよう」
- 「いま感じているのはつらさ。でも、私はここにいる」
など、自分なりのフレーズに変えてもOKです。
言葉で「今ここ」を確かめることが、心に 安全ラインを引き直す作業 になります。
日常生活での取り入れ方 作業療法士としての視点
グラウンディングは、「感情がMAXになったときだけ」使うものではありません。
むしろ、普段から小さく練習しておくほど効きやすくなる スキルです。
例えば、こんな場面で取り入れてみてください。
- 朝、仕事や家事を始める前に
→ 足の裏を感じながら、4回だけ深呼吸 - 電車やバスに乗ったとき
→ 周りを見ながら「見えるもの5つ」「聞こえる音3つ」だけやってみる - 寝る前、ベッドに横になったとき
→ 背中と布団の感触に意識を向けて
「今日はここまでよく頑張った」と自分にひと言かける - フラッシュバックしそうになった瞬間
→ まず足の裏、次に5-4-3-2-1、そして「いまここ」の言葉
最初は「効いているのか分からない」と感じるかもしれません。
それでも続けていると、
- 感情の波が大きくなりすぎる前に気づける
- 「飲み込まれる前に戻ってこられる」感覚が少しずつ育つ
そんな変化が見えてくることが多いです。
グラウンディングは、心と体の「避難訓練」 のようなもの。
いざというときのために、日常の中で少しずつ練習しておくイメージで大丈夫です。
さいごに
感情の波に飲まれそうになるとき私たちはつい、
- 「こんなことで揺れてしまう自分はダメだ」
- 「もっと強くならなきゃ」
と、自分を責めがちです。
でも、強い感情が湧いてくるのは、それだけ 大切なものを守ろうとしている心の反応 でもあります。
その波に押し流されそうになったら、
- 足の裏など「体の感覚」に戻る
- 五感で現実を確認する(5-4-3-2-1)
- 「私はいまここにいる」と言葉で安全を確認する
この3つを、できる範囲で試してみてください。
「飲み込まれそうになっても、
私はここに戻ってこられる」
そんな実感が少しずつ増えていくと、感情の波そのものへの怖さも、ゆっくりと和らいでいきます。
完璧に揺れなくなる必要はありません。
揺れたときに戻る方法を、ひとつ身につけておくこと。
それだけでも、心の負担は確実に変わっていきます。
参考文献
- American Psychological Association (2017). Clinical Practice Guideline for the Treatment of PTSD.
- Stanford Mindfulness Lab (2018). Grounding Techniques and Autonomic Regulation Study.
- Kuyken, W. et al. (2016). Mindfulness-Based Cognitive Therapy for Emotional Regulation. Oxford University.
- 国立精神・神経医療研究センター(2020)トラウマ反応におけるグラウンディング効果の神経基盤
- Harvard Health Publishing (2019). How Self-Talk Can Calm the Nervous System.


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