はじめに
泣きたいわけじゃないのに、涙が出そうになる。
イライラしたくないのに、つい強い言葉が出てしまう。
不安になりたくないのに、頭の中で最悪のパターンばかり浮かんでくる。
そんなとき、多くの人はこう思います。
・「こんなことで落ち込んでいる自分はダメだ」
・「怒っちゃいけない、大人なんだから」
・「不安になっているのを見せたくない」
つまり、「感じる自分」そのものにダメ出しをしてしまう んですね。
作業療法士としてお話をうかがっていると、
- 悲しくても笑ってごまかしてきた
- 怒りを出すくらいなら全部自分の中にため込んできた
- 不安を人に見せるくらいなら、ひとりで我慢してきた
こんな「感情を抑えるクセ」を持っている方は、とても多いです。
でも実は、感情を抑え込もうとするほど、心と脳への負担は大きくなるということが、心理学や脳科学の研究で分かってきています。
この記事では、
- なぜ「感情を抑える」と余計につらくなるのか
- 感情を「敵」ではなく「波」として扱う考え方
- 日常でできる3つのステップと、続けるコツ
を、できるだけやさしい言葉でお伝えします。
感情を抑え込むと、なにが起きているのか?
まず知っておきたいのは、「感じちゃダメ」「こんな気持ちはいらない」と感情を 押し込めようとするほど、脳はその感情に強く反応してしまうという事実です。
スタンフォード大学の研究(Gross, 2015)では、怒りや悲しみを「表に出すまい」「感じないようにしよう」と我慢した人たちの脳を調べると、
- 扁桃体(感情の反応に深く関わる部位)の活動が約1.5倍に上昇していた
という結果が報告されています。
さらに、「白クマのことだけは絶対に考えないでください」と言われると、かえって白クマのことばかり浮かんでしまう――という有名な実験から、「考えるな」と命令されたものほど、脳は意識してしまうという「ホワイトベア効果(思考抑制の逆効果)」も知られています(Wegner, 1987)。
これを感情に当てはめると、
- 悲しくなっちゃダメだ → 悲しみへの意識が強くなる
- 怒っちゃいけない → 怒りにばかりピントが合う
- 不安を感じちゃダメだ → 不安を探し続けてしまう
という悪循環が起こりやすくなります。
つまり、感情を「消そう」とするアプローチが、むしろしんどさを増やしてしまうということなんですね。
感情は“消すもの”ではなく“波としてやり過ごすもの”
ここで大事な視点が、「感情=波」というイメージです。
ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)を提唱した心理学者スティーヴン・ヘイズは、感情についてこんなふうに語っています。
感情は波のようなもの。
抵抗せずにただ感じることで、やがて自然に静まる。
神経科学の観点からも、ハーバード大学の脳科学者 ジル・ボルト・テイラー博士は、
- 感情のピークそのものは、およそ90秒前後で自然に弱まっていく
と述べています(Taylor, 2009)。
私たちが「いつまでもつらい」と感じるとき、ずっと感情がピークのまま続いている、というよりは、
- 一度生じた感情を何度も思い出す
- そのたびに「こんなんじゃダメだ」と自分にダメ出しする
- その評価によって、さらに新しいつらさが上乗せされていく
こうした “二重・三重の苦しみ” が起きていることが少なくありません。
だからこそ、「感情を止める」のではなく、「感情の波に乗りながら、やり過ごす」というマインドに切り替えていくことが、とても大切になってきます。
STEP1:感情に「名前」をつけて、自分と切り離す
感情の波に乗るための、最初のステップは 「気づくこと」 です。
やり方
- 心の中で、そっと言葉にします。
例)
「私は今、怒りを感じているな」
「いま、不安が強くなっているな」
「ああ、今すごく悲しさの波が来ているな」 - できれば「私は怒っている」よりも、
「怒りを感じている自分がいる」
と、一段階中心からずらして表現してみてください。
この「ラベリング(名前をつける)」には、
- 感情そのもの
と - それを見ている自分
を分ける効果があります。
感情=自分そのものではなく、「いま、自分の中にこういう波が立っている」と見られると、それだけで少しだけ 心に余白が生まれる んですね。
STEP2:頭で説明しようとせず、「身体で感じてみる」
次のステップは、「なぜこうなったのか?」という分析モードから離れて、身体の感覚に意識を向けること です。
こんなふうに試してみてください
静かな場所で、30秒〜1分ほどでOKです。
- 胸のあたりはどうなっているか
→ 重い? ぎゅっと締めつけられる感じ? じんわり熱い? - 喉は?
→ つかえる感じ? 乾いている? 詰まっている感じ? - お腹は?
→ きゅっと縮こまる感じ? なんとなくムカムカ? - 手足は?
→ 冷たい? じんじんする? 力が入りすぎている?
ここで大事なのは、「良し悪しの評価をしない」こと です。
「またこんなふうに感じている、ダメだ」「情けないな…」と考え始めると、また頭の中の渦に戻ってしまいます。
そうではなく、「胸が重い感じがしているな」「喉がキュッとしてるな」と、体の反応を 実況中継しているイメージ で眺めてみてください。
感情を「頭」で説明しようとするのをやめて、ただ「体」で感じてあげることが、波に逆らわずに乗る練習 になります。
STEP3:「このまま感じていてもいい」と、波にOKを出す
最後のステップは、感情を変えようとするのではなく、「いまの感情にOKを出す」 ことです。
心の中で、こんなふうにつぶやいてみてください
- 「今、こんなにしんどく感じているのは、それだけ頑張ってきたからだ」
- 「この怒りも、私を守ろうとしてくれているサインなんだ」
- 「この不安があるのは、それだけ大事なことだからだ」
- 「すぐに手放さなくていい。いまは、ただ一緒にいてみよう」
これは、ただのポジティブ思考ではありません。
スタンフォード大学や、ACT(受容とコミットメント・セラピー)の研究では、感情を「消そう」とするのではなく「そのまま存在を認める」人の方が、ストレスホルモンが下がりやすい ことが報告されています(Hayes, 2011 / 国立精神・神経医療研究センター, 2020)。
「こんな感情、感じちゃダメだ」と締め付けるのではなく、「そう感じる自分もいていい」と、いったん抱きとめる。
この「OKを出す」という行為が、脳の防衛反応に「もう戦わなくていいよ」という、安全信号を送ってくれるイメージです。
日常生活での取り入れ方 作業療法士としての視点
感情の波に乗るマインドセットは、一気に完璧に身につけるものではなく、日々の小さな場面で練習していく「技術」 です。
作業療法士としておすすめしたいのは、こんなタイミングです。
①1日の中で「ミニ感情波」をキャッチする
大きな爆発のときだけでなく、
- ちょっとムッとした
- なんとなく不安がじわっと出てきた
- 言われた一言が心に引っかかった
こんな小さな感情波を感じたときに、
- 「あ、いまモヤっとしてるな」と名前をつける
- 胸やお腹の感覚を10秒だけ感じてみる
- 「この感覚があるのは、それだけ大事に思ってるからだよね」とひと言添える
このミニ版3ステップを繰り返しておくと、
大きな波が来たときにも 戻ってくる道筋 ができていきます。
②感情日記ではなく「感覚メモ」をつけてみる
日記を書くのが好きな方は、
その日の出来事だけでなく、
- そのとき胸はどうだったか
- 喉は? お腹は? 手足は?
といった身体の反応も一緒にメモしてみてください。
これは、「感情=ストーリー」だけでなく、「感情=体の反応」としても理解していく練習になります。
体のサインに詳しくなるほど、大きな波の「前触れ」にも気づきやすくなり、早めに休んだり、ペースを落としたりと、セルフケアの選択肢が増えていきます。
③「感情を抑えなきゃ」と思った瞬間に、合図の言葉を決めておく
例えば、心の中の合図として、
- 「抑えるより、まず気づく」
- 「波を止めなくていい。乗り方を思い出そう」
- 「いまは、90秒だけ一緒にいる」
など、自分なりのフレーズをひとつ決めておくのもおすすめです。
「あ、また抑えにかかってるな」と気づけた瞬間は、そこから新しい選択ができるチャンス でもあります。
さいごに
感情を抑えてしまう人は、弱いからでも、心が未熟だからでもありません。
むしろ、
- 周りに迷惑をかけたくない
- 人を傷つけたくない
- ちゃんとしていたい
という、優しさや責任感が強い人ほど、感情を内側に押し込めやすい とも言えます。
でも、感情は敵ではなく、「いまの自分の心と体の状態を教えてくれるセンサー」です。
そのセンサーが反応してくれたときに、
- 抑えつけるのか
- 波として感じてあげるのか
は、少しずつ 自分で選べるようになっていきます。
困った感情が出てきたときこそ、こんなふうに言ってあげてみてください。
・「出てきてくれて、ありがとう。いまは一緒に、波に乗ってみようね。」
・抑えるより、感じる。消すより、付き合い方を変える。
その小さなマインドセットの変化が、「感情に振り回される生き方」から「感情と並んで歩く生き方」 へと、少しずつ方向を変えてくれます。
参考文献
- Gross, J. J. (2015). Emotion Regulation: Current Status and Future Prospects. Stanford University.
- Hayes, S. C. (2011). Acceptance and Commitment Therapy: The Process and Practice of Mindful Change.
- Taylor, J. B. (2009). My Stroke of Insight. Harvard University Press.
- Wegner, D. M. (1987). Paradoxical Effects of Thought Suppression.
- 国立精神・神経医療研究センター(2020)感情受容とストレス反応に関する研究


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