はじめに
結婚が近づくと、多くの人が指輪や結婚式、住む場所のことを考えます。
でも実際に相談を受けているといちばん感情がこじれやすいのは「どっちの名字にするか問題」だったりします。
作業療法士として、私は日々「人の生活」を一緒に考える仕事をしています。
リハビリの場面でも、名字が変わったことを嬉しそうに話す方もいれば「本当は自分の名字を残したかった」と静かに打ち明けてくれる方もいます。
そのたびに、名字はただのラベルではなく「自分らしさの一部」なんだなと強く感じます。
この記事では
・なぜ名字の話でこんなに揉めやすいのか
・どう話し合えば、ケンカになりにくいのか
を、できるだけわかりやすくまとめていきます。
難しい専門用語はできるだけ使わず、でも中身はしっかりエビデンスに基づいて書いていきます。
名字は「ただの名前」ではなく「自分の一部」
まず知っておいてほしいのは名字は、心の中でとても大事な「自分の一部」になりやすいということです。
心理学には「社会的アイデンティティ理論」という考え方があります。
これは人は、自分が所属している集団(家族・地域・職場など)からも、自分らしさを感じているという理論です。(VerywellMind)
名字は
・生まれ育った家
・親やきょうだいとのつながり
・仕事で積み上げてきた信用
と、強く結びつきます。
だからこそ
・名字を変えるのがこわい
・今の名前に愛着がある
・仕事で使ってきた名前を残したい
と感じるのは、とても自然なことです。
日本では今も、結婚した夫婦のうち9割以上が妻側の名字を変更しているというデータがあります。(J-STAGE)
さらに、最近の調査では「選択的夫婦別姓の制度があれば、今とは違う姓を選びたかった」と答える既婚女性も少なくありません。
つまり
・制度的にはまだ選択肢が少ない
・その中で、どちらかが我慢しているケースも多い
この2つが、名字の話をより難しくしていると考えられます。
揉めないための話し合いポイントは「3つ」
ここからは、ケンカになりにくい話し合い方のポイントを3つにまとめてお伝えします。
作業療法士として家族支援をしてきた中で
「あ、この夫婦はうまくいきそうだな」と感じる話し方も、あわせて紹介します。
①損得より「その名字の意味」を共有する
いきなり
・どっちの名字が便利か
・どっちのほうが手続きが少ないか
だけで決めようとすると、あとでモヤモヤが残りやすいです。
名字に関する日本の研究では「どの名字にしたか」よりも、「どうやってその名字に決めたか」への納得感のほうが、結婚生活の満足度と強く関係していると報告されています。(SciSpace)
なので、まず先にやってほしいのは
・その名字には、あなたにとってどんな意味がある?
・変えたくない理由、変えてもいいと思う理由は何?
・家族との思い出や、仕事とのつながりはどう感じてる?
といった「気持ちの部分」をお互いに話すことです。
ここで大事なのは
・どちらが正しいか
・どちらがガマンするか
を決める場にしないこと。
話し合いのゴールは「決定」ではなく「理解」この意識があるだけで、空気がかなり柔らかくなります。
作業療法士として家族面談をするときも、私は最初から「結論」を決めようとはしません。
まずは
・それぞれが何を大切にしているのか
・どこに不安があるのか
を聞くことから始めます。
名字の話も、同じだと感じています。
②感情だけでなく「現実面」を一緒に確認する
気持ちを共有したら、次は現実的な情報を一緒に見る段階です。
日本では、2025年時点でまだ「選択的夫婦別姓」は法律としては認められていません。
ただし、会社によっては
・社員証やメールアドレスで旧姓を使える
・名刺に旧姓を併記できる
など、仕事上は旧姓をそのまま使えるケースが増えています。
ここで、2人で一度
・銀行口座
・クレジットカード
・保険
・運転免許証
・マイナンバーカード
・職場の名前表記
・SNSや屋号
などを紙に書き出して
・どこを新しい名字に変える必要があるのか
・どこは旧姓のままでOKなのか
を調べてみるのがおすすめです。
感情だけで話すと不安がふくらみます。
でも、情報を一緒に集めると「どうにかなりそうだね」と安心に変わることが多いです。
作業療法では、家の段差や使いにくい場所を一緒に見て「ここは危ないから、こう変えよう」と具体的に整理していきます。
名字の話も同じで
・何がどれくらい大変なのか
・実際にどんな選択肢があるのか
を「見える化」するほど、2人の納得感は高まりやすくなります。
③どちらかの「犠牲」ではなく、2人の「共同決定」にする
名字の話でいちばん危ないのは
・私が変えるしかないよね…
・そっちが嫌なら、もう私がガマンする
と、どちらかが一方的に引き受けてしまうパターンです。
夫婦研究の中には「自分ばかりが譲歩した」と感じている人ほど、数年後の夫婦満足度が下がりやすいという報告があります。(ウィキペディア)
最初は「これで丸く収まるならいいや」と思っていても
・本当は残したかったのに
・あのとき、ちゃんと話せばよかった
という気持ちが、ゆっくりと心の中にたまっていきます。
なので、話し合いのときに意識してほしいのは
・どちらかが「負ける」話し合いにしない
・どちらかが「決定権をゆずる」だけにも、しない
・最終的には「2人で一緒に決めた」と言える形を目指す
ということです。
たとえば
・法律上は夫の名字にするけれど、仕事では旧姓を使い続ける
・妻の名字にする代わりに、義理の両親への説明は夫が引き受ける
・今はどちらか一方の名字にするが、将来制度が変わったら再検討する
など、「2人なりの折り合いのつけ方」を一緒に考えるイメージです。
作業療法士として家族会議に入るときも「誰が悪いのか」を決めるのではなく「この家族にとって、一番しっくりくる選び方は何か」を一緒に探すことを大事にしています。
名字の話も、まさに同じだと思っています。
日本の「名字」とこれからの夫婦のかたち
最近の調査では
・夫婦別姓を認めるべきだと考えている人は、年々増えている
・とくに20代〜30代では、賛成が多数派
という結果も出ています。
一方で
・家や親戚との関係
・地域の慣習
・子どもの名字をどうするか
など、現実的な不安を感じている人も多くいます。
だからこそ、答えは1つではありません。
大切なのは「どんな名字を名乗るか」ではなく「その名字をどうやって2人で選んだか」です。
さいごに
作業療法士として、私は
・病気やケガをきっかけに、生活が大きく変わった夫婦
・名字が変わったことで、手続きや仕事の場面で戸惑っている方
と関わることがありました。
その中で強く感じるのは人は「完璧な選択」をしたから幸せになるのではなく「自分で選んだと思えること」で幸せを感じやすくなるということです。
名字の話は、どうしても感情が動きやすいテーマです。
でも、それは悪いことではありません。
・自分が大切にしているものがある
・相手にも大切にしているものがある
その2つを持ち寄って2人だけの答えを探していくプロセスこそが、結婚生活の土台になります。
もし今、名字のことで少しギクシャクしているならそれは「うまくいかないサイン」ではなく2人の価値観を深く知るチャンスかもしれません。
ゆっくりで大丈夫です。
あなたとパートナーが「この選び方でよかったね」と数年後に笑って話せるような決め方ができますように。
参考文献
・内閣府男女共同参画局夫婦の氏に関する世論調査2023年
・内閣府男女共同参画局令和5年度男女共同参画白書(夫婦の氏に関する統計)(J-STAGE)
・Nakazato,N.etal.婚姻における氏の選択と夫婦関係に関する研究日本の家族心理学関連論文(SciSpace)
・Tajfel,H.,&Turner,J.C.SocialIdentityTheoryの解説論文およびレビュー(VerywellMind)
・伊藤順子2009年婚姻時の夫婦別姓選択をめぐる葛藤と振る舞い家族社会学研究(ウィキペディア)


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