はじめに
作業療法士として、リハビリやメンタルのサポートをしていると「出産が近づくほど、怖くて息がしづらくなる」「頭では大丈夫と言い聞かせても、体がガチガチに固まる」
という声を聞くことがあります。
私自身も、家族や身近な人の出産に付き添ったとき分娩室の灯りがふっと落ちる瞬間の、あの緊張した空気を何度も見てきました。
その中で強く感じたのは心を落ち着かせるには、言葉より先に呼吸を整えることがとても大きな助けになるということです。
海外の研究や、日本の助産学の報告でもゆっくりした呼吸やリラクゼーションを取り入れたお産は痛みや不安の感じ方が軽くなり、満足度も高まりやすいとされています。
この記事では
- 陣痛を「波」としてとらえる考え方
- 分娩室で使える、1分間の呼吸ガイド
- 作業療法士として見てきた、呼吸の力
を、できるだけやさしい言葉でまとめていきます。
これは「痛みをゼロにする魔法」ではありません。
でも、波にのみ込まれるのではなく、波に乗っていくための小さな道具としてそっとポケットに入れておいてもらえたらうれしいです。
陣痛は終わりのない痛みではなく「波のリズム」
まず、いちばん大事な考え方です。
陣痛はずっと同じ強さで続く痛みではなく強くなってはおさまる「波のくり返し」です。
イギリスの医療機関やガイドラインでも、陣痛の痛みをコントロールしようと力を入れ過ぎるより、「波として受け止めて、呼吸と合わせていく」方がお産の満足度が高くなると紹介されています。
- 来た波にあわせて息を吐く
- 波がおさまった間に、体の力を抜く
このリズムに乗れると、同じ痛みでも「ただ耐える」のではなく自分で少しは扱える感覚が生まれてきます。
作業療法の現場でも、痛みがある方にリハビリをするとき「痛みそのもの」を消すことは難しくても 呼吸や力の抜き方を一緒に練習することでできることが増えていく場面をたくさん見てきました。
出産でもそれは同じです。
陣痛は波 呼吸は小さな舟というイメージを持つ
ここで、1つイメージをお伝えします。
- 陣痛 … 海の「波」
- あなたの呼吸 … 波の上を進む「小さな舟」
と考えてみてください。
波は止められません。
でも、舟の進み方を変えることはできます。
- 体を固める → 波に飲まれて苦しくなる
- 呼吸を整える → 波に乗りながら進んでいく
このイメージを頭のどこかに置いておくだけでも「来た波を全部怖がる」のではなく「この波も、呼吸で越えていこう」という気持ちへの切り替えが、少し楽になります。
陣痛の波に合わせる 1分呼吸ガイド
ここから、分娩室ですぐに使える1分間の呼吸ガイドをご紹介します。
安全のために、必ず助産師さんや医師の指示を優先してください。
息を止めるのが苦しい場合は、止める時間を短くしてかまいません。
①体勢を整える
- 「いちばん楽な姿勢で大丈夫です」横向き、ベッドを少し起こした姿勢など
- 肩とおでこに力が入りすぎていないかだけ、意識してみます
ポイントは「楽に息ができる姿勢」になっているかどうかです。
②呼吸の基本リズムを決める
目安として、次のようなリズムを使います。
- 鼻から 4秒かけて、ゆっくり吸う
- 2〜3秒だけ、ふんわり止める
- 口から 6〜8秒かけて、細く長く吐く
いわゆる 4 7 8 呼吸法を、出産でも使いやすいように少しアレンジした形です。
海外の研究では、このようなゆっくりした呼吸リズムが自律神経を整え、心拍や筋肉の緊張を下げることが報告されています。
苦しくなければ「吸う 4秒、止める 4秒、吐く 8秒」でもかまいません。
大事なのは
- 吸う時間より、吐く時間を長くすること
- 息を吐くとき、体の力も一緒に床やベッドにあずけること
この2つです。
③陣痛の「波」に呼吸を合わせる
陣痛の波が来たときは、こうイメージしてみてください。
①波が始まりそうだと感じたら
→ 4秒かけて鼻から吸う
②痛みがぐっと強くなってきたら
→ 短く止めてから、6〜8秒かけて「ふううう」と吐く
③少しおさまってきたら
→ もう一度、同じリズムで吸って吐く
この①〜③を、およそ 1分間くり返していくイメージです。
吐くときのコツは
- ロウソクの火を消さないくらいの弱い息で
- 声をつけた方が楽なら「ふうう」「はああ」と小さく音をつける
ということ。
声を出すことは、痛みや不安を軽くする効果があるとする研究もあります。
声に出すことで、脳の緊張が少し下がると考えられています。(Interpersona)
赤ちゃんと一緒に呼吸しているイメージを持つ
あなたの呼吸が落ち着いてくると、血流が安定し、それはそのまま赤ちゃんにも届きます。
日本の周産期医療の研究でも、お母さんの呼吸リズムやリラクゼーションが整っていると赤ちゃんの心拍のゆらぎが穏やかになることが報告されています。
だから、呼吸を整えることは
- 自分を落ち着かせるため
- 赤ちゃんに「大丈夫だよ」と伝えるため
この2つの意味を持っています。
陣痛の波が強くなったときには、心の中で「今、いっしょに息しているね」「一緒にこの波を越えていこうね」と、赤ちゃんに話しかけるような気持ちで吐く息を長くしてみてください。
作業療法士として、不安の強い方と一緒に呼吸の練習をするときも「誰かと一緒に息を合わせる」イメージを持ってもらうと表情や筋肉のこわばりが少しずつほどけていく様子をよく見ます。
お産では、その「誰か」が赤ちゃんです。
不安が強くなったときの小さな工夫
どんなに準備をしていても、「やっぱり怖い」「つらい」と感じる瞬間はあります。
そんなときは、次のことを試してみてください。
①不安を心の中だけにためず、言葉にする
「怖いです」「痛いです」「不安です」と助産師さんに伝えてかまいません。
不安を言葉にすることで、脳の緊張が少し下がることが分かっています。
②呼吸に集中できないときは、数だけ数える
「吸って 1 2 3 4、吐いて 1 2 3 4 5 6 7 8」と、心の中で数えるだけでも考えが暴走するのを少し止めやすくなります。
③うまくできていなくても、自分を責めない
研究でも、自分に優しい人の方がストレスの場面で立て直しが早いと報告されています。
「今はうまくできていない気がするけどそれでもちゃんと頑張っている」と自分に声をかけてあげてください。
さいごに
陣痛が始まる前、分娩室の灯りが落ちるとき。
その空気には、期待と不安と緊張が一度に入り混じります。
そんな中で、あなたができることは完璧に頑張ることではありません。
- 陣痛は波、呼吸はその波に乗る小さな舟だとイメージすること
- 吸う時間より、吐く時間を長くして、体の力を床にあずけること
- 赤ちゃんと一緒に息をしていると想像しながら、波をひとつずつ越えていくこと
この3つだけでも、お産の時間の感じ方は、少し変わってきます。
あなたの体は、ここまで赤ちゃんを育ててきた時点ですでに大きな仕事をやり遂げています。
これから迎える陣痛は、その命に会うための「最後の坂道」です。
その坂を、一歩ずつ登るたびにあなたのゆっくりした息が赤ちゃんへの「道しるべ」になっています。
うまくできているかどうかではなく息を吐くたびに、ちゃんと前に進んでいる自分をどうか認めてあげてください。
参考文献
・NHS Wales. Pain relief in labour, 2024
・Cureus. Effectiveness of relaxation and breathing techniques in labour pain and stress, 2023
・Betsa et al. Slow breathing and autonomic regulation: A review, 2020
・日本助産師会 周産期におけるリラクゼーションと胎児心拍変動の関連, 2022
・Neff, K. D. Self-compassion and stress recovery, 2023


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