はじめに
作業療法士として、こころと体の両方をサポートしていると「出産の日が近づくほど、緊張してパートナーとうまく話せない」という声をよく聞きます。
私自身も、もし自分が立ち会う側になったら「どう声をかけたらいいんだろう」「余計なことを言ってしまわないかな」と、きっとソワソワしてしまうと思います。
でも、心理学や周産期の研究を読んでいると、出産当日の「ちょっとした会話」が、心の安心感やお産の満足度に大きく関わることが分かってきました。
この記事では、難しい専門用語はできるだけ使わずに
- 出産当日に話しておくと良いこと
- なぜそれが心と体の安心につながるのか
- 作業療法士として「現場で使いやすい形」にするポイント
をお伝えします。
これから出産を迎えるご夫婦の、ひとつの「会話のガイド」になればうれしいです。
①今、何が不安かを共有する
出産当日、いちばん最初に話してほしいのは「今、何がいちばん不安なのか」をそのまま伝えること です。
例としては、こんな感じです。
- 妻「正直、痛みがどれくらいかがすごく怖い」
- 夫「立ち会うのが初めてで、どうしたらいいか分からなくて緊張してる」
国立成育医療研究センターなどの研究では、出産前にパートナーへ不安を言葉にできた人は、できなかった人よりもストレスホルモン(コルチゾール)が低くなるという結果が報告されています。
これは、
- 「ひとりで抱えている不安」より
- 「だれかと分け合っている不安」
のほうが、脳が安全だと感じやすいからだと考えられています。
作業療法士の立場から見ても、 不安を言葉にすることは「こころの準備運動」 です。言葉にした瞬間、頭の中でぼんやり大きくなっていた不安が、「痛みが怖い」「帝王切開になったらどうしよう」など、具体的なテーマに変わっていきます。
テーマがはっきりすると、
- 助産師さんに相談できる
- 情報を集められる
- 呼吸法など、対策を選びやすくなる
という「行動」が生まれます。
不安をなくすために話すのではなく、不安をふたりで持つために話す
これが、出産当日の最初の一歩です。
②どんな言葉をかけてほしいかを先に決めておく
2つ目は、「どんな言葉がいちばん支えになるか」を、事前に伝え合うこと です。
ありがちなすれ違いとして、こんな場面があります。
- パートナー「大丈夫、大丈夫!」
- 本人の心の中「大丈夫じゃないから、怖いって言ってるんだけど…」
本人は「そばにいてほしい」だけなのに、相手は「励まさなきゃ」と思って、つい頑張れ系の声かけを繰り返してしまうことがあります。
東京大学と助産師の共同研究では、出産中のパートナーの声かけが「妊婦さん自身の希望」と合っているほど、出産の満足度と夫婦の絆のスコアが高かったと報告されています。
つまり、どれだけ「優しい言葉」かよりも、本人にとって「ちょうどいい言葉」かどうか が大切なんです。
例えば、事前にこんな会話をしてみてください。
- 「つらいとき、どんな言葉をかけてもらえるとうれしい?」
→「頑張ってより、ここにいるよと言ってほしい」 - 「呼吸がつらそうなとき、どう声をかけてほしい?」
→「一緒に吸って吐こう、ってペースを合わせてくれるとうれしい」
作業療法の世界でも、その人に合わせた声かけ(トーン・ペース・言葉の量)が行動の安心感を高めることが知られています。
出産も同じで、「一般的に良い声かけ」よりも「あなたにとって安心できる声かけ」 をすり合わせておくことが、いちばん大きなサポートになります。
③その日を一緒に迎えられたこと」へのありがとうを伝える
3つ目は、とてもシンプルですが、いちばん大事だと感じていることです。
それは、「ありがとう」を言葉にして伝える こと。
日本の家族関係の研究では、日常的に感謝を伝え合っている夫婦ほど、関係満足度が高いことが繰り返し報告されています。
出産の日は、
- 妊娠期間をここまで一緒に歩んできたこと
- これから親として一緒にスタートすること
たくさんの「区切り」が重なる特別な日です。
そこに、少しだけ言葉を添えてみてください。
- 「ここまでお腹の中で育ててくれて、ありがとう」
- 「一緒にここまで来てくれて、ありがとう」
- 「立ち会ってくれて、心強いよ、ありがとう」
感謝の言葉をかけるとき、脳の中ではオキシトシンというホルモンが増えやすくなります。
オキシトシンは「愛情ホルモン」とも呼ばれ、
- 不安をやわらげる
- 信頼感を高める
- 出産の進みをサポートする
といった良い影響があることが報告されています。
作業療法士としても、「ありがとう」が言えた瞬間に、その場の空気がやわらかく変わる場面を、リハビリや家族面談の中で何度も見てきました。
出産当日も同じで、どんなにバタバタしていても、一言のありがとうが、ふたりの心の支えになります。
出産当日の会話が「その後の夫婦関係」を支える
ここまでお話ししてきた「出産当日に話してほしい3つのこと」をまとめます。
① 今、何が不安かを共有する
→ 不安をひとりで抱えず、ふたりで持つことでストレスが下がりやすくなる
② どんな言葉をかけてほしいかを伝える
→ 励ましの形をすり合わせることで、サポートが「ちょうどよいもの」になる
③ ありがとうを交わす
→ 感謝の言葉が、安心ホルモンと夫婦の絆を強くしてくれる
出産は、からだのイベントであると同時に、夫婦が「親」として生まれ直す心のイベント でもあります。
うまく言えなくても、完璧じゃなくても大丈夫です。
- ちょっと怖いね、と言い合えること
- こうしてくれると安心する、と伝え合えること
- 一緒にここまで来られて良かったね、と確かめ合えること
この3つだけでも、出産の日の記憶は、「怖かった日」から「一緒に乗り越えた日」 に変わっていきます。
さいごに
作業療法士としての思いを少しだけ。
人は、つらい経験そのものよりも、そのときにそばにいてくれた人とのつながり を、長く覚えています。
出産の最中、どんな言葉をかけたか、細かい内容は忘れるかもしれません。
でも、「一緒にいてくれた」「不安を聞いてくれた」「ありがとうと言い合えた」
その感覚は、親になった二人の心の中に、ずっと残ります。
出産当日、どうか少しだけ勇気を出して、この3つの会話をふたりで交わしてみてください。
その一歩が、この先長く続く家族の時間を、そっと支えてくれます。
参考文献
- National Center for Child Health and Development. Perinatal mental health and partner support studies, 2020–2023
- Gottman, J. M. (2019). The Seven Principles for Making Marriage Work.
- Algoe, S. B., et al. Gratitude and romantic relationship satisfaction. Journal of Personality and Social Psychology.
- Uvnäs-Moberg, K., et al. Oxytocin, bonding, and stress modulation in childbirth. Frontiers in Psychology.


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