はじめに
イライラが止まらない。
落ち込みから抜け出せない。
頭では「こんなに気にしなくていい」と分かっているのに、心がついてこない。
作業療法や心理支援の場でも、そんな相談を受けることが本当に多くあります。
多くの人は、つらい感情に飲み込まれたときに
- 「このイライラをどうにかしなきゃ」
- 「落ち込まないようにしなきゃ」
と、感情そのものを変えよう と頑張ります。
ですが、心理学の世界では感情は「出来事」そのものではなくその出来事をどう捉えたか=考え方(認知) から生まれる
ということが、たくさんの研究で示されています。
つまり、
- 感情を押さえ込むより
- 「考え方のクセ(認知)」に気づいて、そっとリセットしてあげる
ほうが、結果的に感情の波も穏やかになっていきます。
この記事では、
- 感情と「認知(考え方)」の関係
- 感情の波を整える 3ステップの「認知のリセット法」
- 日常生活でのちょっとした使い方のコツ
を、心理学のエビデンスも交えながらお話しします。
感情は「出来事」ではなく「捉え方」から生まれる
同じ出来事が起きても、感情は人によって違います。
- 上司に注意されたとき
- 「成長のチャンスだ」と感じる人もいれば
- 「私はダメだ」と落ち込む人もいます
- 「成長のチャンスだ」と感じる人もいれば
- 連絡が少し遅れたとき
- 「忙しいのかな」と思える人もいれば
- 「嫌われたかもしれない」と不安になる人もいます
- 「忙しいのかな」と思える人もいれば
この違いを生んでいるのが、認知(ものの見方・捉え方) です。
心理学(特に認知行動療法:CBT)では、
・出来事 → 「考え」 → 「感情」 → 行動
という流れで心が動いていると考えます。
つまり、感情の波を整えたいときは、「感情だけを変えようとするのではなくその前にある『考え』に光を当ててあげる」ことが大きな鍵になります。
ここからは、そのための具体的な 3ステップを紹介します。
STEP1:感情に名前をつける
「いま私は○○を感じている」と言葉にしてみる
最初のステップは、とてもシンプルです。
・いま私は、何を感じている?
と自分に問いかけ、感情に名前をつけること。
- 「私は怒っている」
- 「私は不安を感じている」
- 「私はさみしさを感じている」
こんなふうに、心の中でそっとつぶやいてみます。
ポイントは、
「私は怒りそのものだ」ではなく「私は怒りを感じている」
と、自分と感情を少しだけ切り離して表現すること です。
なぜ、名前をつけるだけで落ち着くの?
スタンフォード大学のリーバーマン博士らの研究では、怒り・悲しみ・不安といった感情を「言葉にしてラベルを貼る」だけで、
- 脳の中で恐怖や不安を司る「扁桃体」の過活動が抑えられ
- 前頭前野(考える部分)が働きやすくなる
という結果が報告されています。(Lieberman et al., 2007, Psychological Science)
つまり、
感情を名前で呼ぶ
=感情を「自分の全部」ではなく「今ここにあるひとつの波」として扱う
ことになり、それだけで心の中に少し余白が生まれる、ということです。
ミニワーク
心が揺れたとき、まずは10秒だけこうしてみてください。
- 「いま、私は〇〇を感じている」
- 例:いま、私は不安を感じている
- 例:いま、私はイライラを感じている
- 例:いま、私は不安を感じている
それを3回ゆっくり心の中で唱えるだけでも、感情の波との距離が、少しだけ取れるはずです。
STEP2:思考のクセを書き出す
自動思考を紙に出して「見える化」する
感情の波を大きくしてしまうのは、頭の中で一瞬にして浮かぶ「自動思考」と呼ばれる考えです。
たとえば…
- LINEの返信が遅い
→ 「嫌われたかもしれない」 - 仕事でミスをした
→ 「私はダメな人間だ」 - 子どもが言うことを聞かない
→ 「ちゃんとした親じゃない」
こうした “即決・極端・一人決め” の考え が、感情のボリュームを一気に上げてしまいます。
国立精神・神経医療研究センターのCBTプログラムでは、浮かんだ思考を紙に書き出すワークを行ったところ、感情の強度(つらさ)が平均40%ほど下がったという報告もあります(2021)。
3つの枠で書き出してみる
紙やノートに、次の3つを書いてみてください。
- 出来事
- 何が起きた?
- 何が起きた?
- そのとき浮かんだ考え(自動思考)
- どんな解釈をした?
- どんな解釈をした?
- そのときの感情
- 何を、どれくらい感じた?(怒り、不安、さみしさなど)
- 何を、どれくらい感じた?(怒り、不安、さみしさなど)
例)友人からの返信が来ない場合
- 出来事:
- 友だちにLINEを送って、半日返信がない
- 友だちにLINEを送って、半日返信がない
- 浮かんだ考え:
- 嫌われたかもしれない
- 余計なことを言ったのかも
- 私ってやっぱり面倒な人間なんだ
- 嫌われたかもしれない
- 感情:
- 不安(8/10)
- さみしさ(7/10)
- 不安(8/10)
書き出してみると、出来事そのものよりも、「私って面倒な人間なんだ」といった 解釈 が感情を強くしていることに気づきやすくなります。
頭の中だけで考えていると、出来事と「自分責め」がごちゃ混ぜになりがちですが、紙に出すことで冷静さが戻ってくる のです。
STEP3:認知をリセットする
「別の可能性を3つ」探してみる
最後のステップは、浮かび上がった自動思考に対して、ほかにどんな見方がありえる?と、自分に問いかけてみることです。
これは、心理学で「リフレーミング(枠組みの組み替え)」と呼ばれる方法で、ストレス対処や自己理解のための、非常に定番で効果的なスキルです。
具体的なやり方
STEP2で書き出した「自動思考」に対して、「別の可能性」を最低3つ挙げてみます。
先ほどのLINEの例なら…
- 自動思考:
- 「嫌われたかもしれない」
- 「嫌われたかもしれない」
- 別の可能性:
- 単純に忙しくて、LINEを見る余裕がないだけかもしれない
- 返信内容をちゃんと考えているのかもしれない
- 私が不安になりやすいだけで、関係自体は問題ないのかもしれない
- 単純に忙しくて、LINEを見る余裕がないだけかもしれない
ポイントは、
- 「ポジティブに無理やり言い換える」ことではなく
- 現実にあり得る、他の視点を探すこと
です。
オーストラリア心理学会などの研究では、こうしたリフレーミングを習慣にした人は、
- ストレス耐性が約25%向上し
- 感情の回復が早くなる
と報告されています(APA, 2018 ほか)。
よく使える「別の視点」ヒント集
認知をリセットするときに使いやすい視点を、いくつか挙げておきます。
- 「相手側の事情」を想像してみる
- 「一時的な出来事」として見てみる(ずっとではなく、たまたま)
- 「事実」と「解釈」を分けてみる
- 「今の自分が必要としているものは何か?」に目を向ける
こうして視点を増やしていくと、感情の波は、自然と少しずつ落ち着いていきます。
日常で続けるためのちょっとした工夫
3ステップを読んで、いい方法なのは分かるけど、毎回やるのは大変そう…と感じたかもしれません。
なので、「ゆるく・短く・続ける」ためのコツ をいくつかご紹介します。
①1日5分の「感情ノート」をつけてみる
寝る前や休憩時間に、
- 今日いちばん心が動いた出来事
- そのときの感情(1〜10で強さも)
- そのときの考え
- 別の見方を1つだけ書いてみる
というミニ記録をつけてみるのもおすすめです。
毎日でなくても、「しんどかった日だけ」でも十分意味があります。
②感情の強さを「温度」で表現する
いきなり認知を変えるのが難しいときは、
- 「怒り 8/10 → 今は 6/10 くらいかな?」
- 「さみしさ 9/10 → 7/10 くらいには下がったかも」
と、体感で温度を測るように 見てみるだけでもOKです。
変化がわずかでも「少し下がった」と分かると、自己否定よりも「やれている自分」に目を向けやすくなります。
③自分への声かけを変えてみる
自動思考に気づいたとき、最後にこんな言葉を足してみてください。
- 「そう考えてしまうのも、無理ないよね」
- 「今はつらいけど、考え直してみようとしてる自分は悪くない」
これは、認知行動療法とセルフコンパッション(自分への思いやり)を組み合わせたアプローチで、感情の波からの回復力を高めることが、近年の研究でも示されています。
さいごに
感情の波は、完全に消すものではなく、自分のペースで「整えていく」もの です。
そのための鍵が、
- 感情に名前をつける(「いま私は〇〇を感じている」)
- 自動思考を書き出して、頭の中を見える化する
- 別の可能性を3つ挙げて、認知の枠を少し広げる
という「認知のリセット」の 3ステップです。
考え方を変える、というと「自分を無理やり納得させること」だと思われがちですが、本質はそうではありません。
自分を責める考え方から、少しだけ自分を助ける考え方へと、心のスペースを広げてあげること。
それが、感情の波を穏やかに戻していく、いちばん現実的でやさしい方法だと感じています。
今日、この記事を読んだあと一度だけでいいので、
- 「いま私は何を感じてる?」
- 「そのとき、どんな言葉が頭に浮かんでる?」
と、自分に問いかけてみてください。
その問いかけの瞬間から、あなたの感情の波は、もう少しだけ穏やかになり始めています。
参考文献
- Lieberman, M. D. et al. (2007). Affect Labeling and the Regulation of Emotional Response. Psychological Science.
- 国立精神・神経医療研究センター(2021)認知行動療法に基づく感情調整プログラム報告
- American Psychological Association (2018). Cognitive Reframing and Stress Resilience.
- 日本心理学会(2020)自動思考と感情調整の関連に関する研究
- Stanford University (2019). Cognitive Behavioral Science of Emotion Regulation.


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